立ち上げの物語 第2話

なぜ、私たちは呼吸の道具を選んだのか。

その始まりは、2026年4月7日。
共同経営者である妻が、アメリカの会社へ送った一通のメールでした。

当時、私たちの会社はまだ設立前。
輸入販売の実績もありません。

それでも、妻は連絡を取ることにしました。

まず、知ろうと思った。

妻は、長く福祉の現場で働いてきました。
自分でも気づかないうちに、立ち止まる余裕を失っていく。
そんな毎日を過ごす人たちと、真摯に向き合ってきました。

そんな妻がKOMUSŌを知り、関心を持ったのは、息を吐くという、ごくシンプルな行為を大切にしている道具だったからです。

製品の背景には、日本の江戸時代にいた虚無僧と、彼らが吹いていた尺八の存在がありました。
その歴史に着想を得て、創業者の夫婦が、アメリカでこの新しい道具を生み出したのです。

日本に由来する文化が、海を渡り、異国の地で夫婦の手によって、現代の製品になっている。

「何かを感じた」

妻は、そう言いました。

ただ、それだけで、すぐに日本で販売しようと決めたわけではありません。

自分たちが本当に届けたいと思うのなら、まずは、その製品が大切にしているものを理解したい。
そう考えた妻は、メールを書く前に、善光寺の宿坊に泊まりました。

メールを書く前に、善光寺へ。

宿坊では、朝の読経に耳を澄ませ、写経をする。
静かな場所に身を置き、普段とは違う時間の流れの中で過ごす。

虚無僧が何を大切にし、静けさとどのように向き合っていたのか。
そのすべてを理解することはできなくても、頭で知るだけで終わらせない。
それが、妻の決めたやり方でした。

宿坊では、お坊さんから善光寺の三門にまつわる話も聞きました。
額に書かれた文字の中に、鳩や牛の姿が隠れているという話です。

三門に掲げられた「善光寺」の額は、「鳩字の額」と呼ばれています。
三つの文字の中に、五羽の鳩が隠れている。
そして「善」の一字は、牛の顔にも見える。
「牛に引かれて善光寺参り」の言い伝えは、ここにつながっています。

何度も見上げたはずの額に、そんなものが隠れていた。
お坊さんは、こう教えてくれたそうです。
ゆっくりと呼吸を整えたときに、初めて気づくことができるものがある、と。

いつもなら見過ごしてしまうものも、教えてもらうことで、違って見える。
知っているつもりだった場所にも、まだ気づいていないものがある。

呼吸も、同じかもしれません。
生まれてからずっと続けているのに、自分がどんな呼吸をしているかに気づく時間は、ほとんどない。

そして、アメリカの会社へメールを書くことにしました。

届けたかったのは、商品の説明ではない。

メールに書いたのは、販売条件や取引の提案だけではありませんでした。

善光寺で感じたこと。
日本で暮らす人たちにとって、立ち止まる時間を持つことが、どれほど難しくなっているのかという思い。
そして、KOMUSŌという道具が、いまの日本で意味を持つのではないかという問いでした。

妻は、その可能性を「社会処方箋」という言葉で表しました。
KOMUSŌを、ただのアクセサリーや珍しい輸入品としてではなく、日常の中で自分の呼吸に意識を向けるきっかけとして紹介できないか。
そんな思いを伝えようとしました。

メールの末尾には、3枚の写真を添えました。

善光寺の三門。「善光寺」の額
妻が書いた写経(令和八年四月二日 山本馨子 謹書)
宿坊・兄部坊の入口

製品の魅力を並べるのではなく、自分たちがこの製品をどう受け取ったのか。
それを日本の人たちに届けることに、どれだけの意味があると考えているのか。
できる限り自分たちの言葉で伝えました。

一通のメールから、始まったこと。

数日後、返事が届きました。

予想はしていませんでした。
それまで、連絡をしたいくつもの会社に、断られ続けていたからです。

私たちは、名もない小さな会社です。
想いはあるが、社会的な信用は、まだ小さい。
そんな会社と取引してくれる企業は、多くありません。

その中で、Komuso Design は違いました。

「君たちの想いが、我々を動かした」

あとになって、創業者のトッドとヴァネッサから言われた言葉です。

そこから、メールでのやりとりと、ビデオ通話を重ねていきました。
英語でのやりとりには、通訳の方にも力を借りました。

製品について知ること。
つくり手の考えを聞くこと。
私たちが日本で届けたいと考えている理由を伝えること。

一つずつ話を重ねた末に、KOMUSŌを日本で紹介する役割を任せていただけることになりました。
設立前で、実績もなかった私たちにとって、大きな一歩でした。

ただ、大切だったのは、海外の製品を扱えるようになったことだけではありません。
自分たちがなぜ届けたいのかを考え、その理由を相手に伝え、理解してもらう。
その過程を経て、初めて仕事としての関係が始まったことでした。

虚無僧の里帰り。

日本の虚無僧に着想を得た製品が、アメリカで生まれ、日本へ戻ってくる。
私たちは、この巡り合わせを「虚無僧の里帰り」と呼んでいます。

もちろん、現代のKOMUSŌと、江戸時代の虚無僧の尺八は、同じものではありません。
歴史の中にあった文化が、時代も国も越えて、新しい道具の形になった。
その道具を、今度は私たちが日本の暮らしに紹介する。

利益より先に、「日本に必要だ」がありました。
ただ、利益は必要です。長く届け続けることが、信用になるから。

私たちは、日本に届ける役です。

次回は、ピュットアカンパニーがこれからどんな会社を目指していくのか。
商品を届ける仕事を通して、何を大切にしていきたいのか。
そのことについて、お話しします。

第3話|「幸せのちから」を持つ会社へ。
続く。