立ち上げの物語 第3話
「幸せのちから」を持つ会社へ。
10年後、私たちはどんな会社でありたいのか。
設立のときから、会社として目指す姿を、一つの言葉で書いてきました。
「幸せのちからを持つ会社」
なぜ、幸せなのか。
なぜ、幸せを届ける会社ではなく、幸せのちからを持つ会社なのか。
設立した当時、その違いを、私たちはまだ十分に説明できませんでした。
未来を見るには、立つ場所が要る。
設立から2か月ほどたった夏。
あるメンターとの対話の中で、一つの言葉を受け取りました。
戻る。
軽井沢の体育館。メンターご夫婦とバドミントンをするのは、その日が2回目でした。
ラリーの合間に、メンターは一瞬、空気を止めて、語り始めました。
メンターは、バドミントンのラリーにたとえて話してくれました。
打ったら、コートの真ん中へ戻る。
戻るのは、疲れる。
それでも戻るから、次の球に間に合う。
どれだけいい球を打っても、打った場所にとどまっていたら、ラリーは続かない。
これは、バドミントンの話ではない。
会社の経営の話だ。
うまくいけば、その成功を守りたくなる。
うまくいかなければ、そこから抜け出すことに気を取られる。
どちらも自然なことです。
けれど、成功にも、失敗にも、とどまり続けていたら、次の一歩が見えなくなる。
先を見るために、自分たちの立つ場所へ戻る。
何を大切にするのか。
誰に、何を届けたいのか。
その仕事を、自分たちは本当に引き受けられるのか。
それは、過去へ戻ることではありません。
次の一歩を、自分たちの意思で選ぶために、戻るのです。
幸せを、誰かの代わりに決めない。
塾を開いていたころ、一人の生徒がいました。
高校の三年間を、カヌーに注いできた選手です。
画面越しに、彼女は言いました。
「自信を持って『これが武器です』と言えるものが、私にはカヌーしかないんです」
対話を重ねるうちに、別の言葉が出てきました。
結果を出さなければ価値がない。そのプレッシャーに、心が縛られていたこと。
けれど海外の選手たちは、勝ち負けにかかわらず、試合のあとに最高の笑顔を見せていたこと。
彼女は、自分の痛みの中から、自分の答えを掘り出していました。
幸せは、結果の先ではなく、挑戦そのものの中にある、と。
彼女に幸せの形を教えたわけではありません。
彼女がすでに持っていた答えを、一緒に言葉にした。ただそれだけです。
幸せの形は、人によって違います。
仕事に打ち込むことが喜びになる人もいれば、仕事から離れた時間に安らぎを感じる人もいます。
新しいことへ挑戦したい人もいれば、いまある暮らしを大切にしたい人もいます。
何が幸せなのかを、私たちが一つに決めることはできません。
だから私たちは、誰かに幸せの形を教えることを目指していません。
届けたいのは、自分の状態に気づき、少し立ち止まり、また自分の意思で歩き出すための、小さなきっかけです。
私たちが考える「幸せのちから」とは、何があっても揺らがない強さではありません。
揺らいだときに、自分の立つ場所へ戻ってこられる力です。
呼吸の道具を届けることも、迷った人の話を聞き、これから選ぶ人へ手渡すことも。
私たちにとっては、どちらも、この力のための仕事です。
それは、私たち自身が会社を経営するうえでも、持ち続けたい力です。
KOMUSŌをどのように日本へ届けるかを決めるとき、私たちは焦って、とりあえずバズりそうなやり方を並べそうになりました。
「それが本当に、あなたたちがこの製品を届けたい理由なの?」
メンターにそう言われて、はっとしました。
メンターの言葉に戻り、本当に届けたい理由から、もう一度設計し直しました。
だから、扱う商品の数を増やすことは、目標にしていません。
魅力的な商品であっても、届ける理由を十分に見いだせなければ、扱わない。
その判断も、私たちの仕事の一部です。
会社の理念は、掲げた言葉の美しさではなく、実際の判断に表れるものだと考えているからです。
10年後、見ていたい風景。
10年後、私たちは何を残せていたら幸せなのか。
販売した商品の数や、会社の規模だけではありません。
もちろん、事業として成長し、長く続けていくことは大切です。
そのうえで、私たちが見ていたい風景があります。
大切な仕事の前に、ひと息つく人がいる。
何かを決める前に、自分の考えを確かめる人がいる。
思うようにいかない日にも、必要以上に自分を責めず、また次の一歩を選ぶ人がいる。
そして、自分が迷った経験を、これから選ぶ誰かへ手渡す人がいる。
そんな小さな所作が、日々の暮らしの中に、当たり前のようにある。
私たちが届けるものが、そのきっかけの一つになれたらと思います。
10年後も、私たちは迷いながら、「まあ、いいか」と笑って、今と同じように冒険のような毎日を送っていたい。
だから、まず私たち自身が実践します。
迷ったら、戻る。
戻った場所から、もう一度考える。
そして、自分たちが納得できる一歩を踏み出す。
「幸せのちからを持つ会社」
設立したときに書いたこの言葉は、いまも、完成した目標ではありません。
これからの仕事を通じて、確かめ続けていくものです。
では、私たちはいま、日本の暮らしの中に何を見ているのか。
なぜ、海外のプロダクトを日本へ届けることに意味があると考えているのか。
次回は、私たちが向き合いたい日本の風景についてお話しします。
第4話|前へ進むことに、夢中になりすぎていないか。
続く。
