立ち上げの物語 第5話
KOMUSŌを、解剖する。
第1話の終わりに、私たちは、いくつかの問いを書きました。
なぜ、小さな笛というカタチなのか。
なぜ、肌身離さず身につけるネックレスなのか。
最後の話は、その答えです。
KOMUSŌという道具を、部分ごとに開いて見ていきます。
その前に、この道具が「何ではないか」を書いておきます。
薬ではありません。アプリでもありません。
身につければ何かが変わる、と約束する道具でもありません。
創業者のトッドは、こう言っています。
「Komuso is a tool for awareness.」
気づくための道具だ、と。
小さな筒です。首に下げます。口に当てて、ゆっくり息を吐きます。
それだけです。
筒。
KOMUSŌは、吐く息の通り道になる、細い筒です。
筒の中は、吐く息にほどよい抵抗が生まれるよう、細い口径でつくられています。
くわえて吐くだけで、息は自然と細く、長くなる。
うまくやる必要はありません。長さを競う必要もありません。
自分のペースで、ゆっくり、長く。それだけでいい。
素材は、316Lステンレス。
毎日身につけるものだから、選ばれている金属です。

音。
尺八は、音を鳴らす楽器です。
この道具は、音を奏でません。
電池はいりません。画面も、通知もありません。
聞こえるのは、自分の息だけです。
会議室でも、電車を待つ間にも、静かに使えます。
誰かに聞かせるためではなく、自分だけに向けた動作だからです。
首に下げる。
なぜ、ネックレスなのか。
使いたいのは、本番の直前だからです。
会議の前。決断の前。子どもの発表の前。
その瞬間に、鞄の奥を探していたら、間に合いません。
首に下げておけば、手を伸ばすだけで届きます。
特別な場所も、準備もいりません。
そして、目に入るたびに、思い出せる。
ここに、ひと息つける場所がある、と。
それが、いつの間にか、日常の習慣になる。
トッドはこれを「立ち止まって、息をするための、目に見えるリマインダー」と呼んでいます。
美しさ。
KOMUSŌをつくったのは、アメリカ・フロリダに暮らす、トッドとヴァネッサの夫妻です。
ファッションデザイナーだったヴァネッサは、ストローを使って吐く息をゆっくりにする呼吸を知ったとき、こう考えました。
「このシンプルなアイデアが、身につけられる美しいものになったら」
呼吸の道具である前に、毎日つけていたいと思える装身具であること。
それが、このカタチの出発点でした。
色は4つ。シルバー、マットスレート、ローズゴールド、ゴールド。
その日の服に、その人の暮らしに、なじむ色を選べます。

アメリカで売られているKOMUSŌの裏には、「静けさ」という漢字が刻まれています。
日本でお届けするものは、この刻印を外しました。
日本で暮らす人には、言葉で書かなくても、静けさは伝わる。
足すのではなく、引くことで、間をつくる。
そう考えて、トッドとヴァネッサに相談し、日本のための仕様にしてもらいました。
Kの刻印と、KOMUSŌの文字は、そのまま残っています。
由来。
名前は、江戸時代の日本の虚無僧からとられています。
虚無僧は、天蓋と呼ばれる深い編笠をかぶり、尺八を吹きながら、各地を修行して歩いた僧です。
吹くことそのものが、修行でした。
二人とも、ものづくりのことは何も知りませんでした。
試作ができても、穴の開き方が合わない。刻印に失敗する。金属が錆びる。その繰り返し。
「これに、そこまでの価値があるのか分からない」
トッドがそうこぼしたとき、「続けよう」と言ったのは、ヴァネッサでした。
2年近くと、3つの製造元を経て、いまのカタチになりました。
細い口径も、下の端の切り込みも、Kの刻印も。
一つひとつの部分に、二人が手放さなかった時間が入っています。
私たちが引き受けること。
道具は小さく、使い方は単純です。
だからこそ、届ける側の姿勢が、そのまま伝わると思っています。
日本でお届けする以上、あいまいにしないと決めています。
正規のものをお届けすること。
日本語で相談できること。
壊れたときに、きちんと対応すること。
使い方に迷ったとき、言葉の壁なしに尋ねられる。
海外の製品だから、と遠くに感じてほしくありません。
日本の会社が、日本の言葉で、最後まで向き合います。
私たちは、薬のような約束はしません。
約束するのは、誠実にお届けすることです。
吐く。戻る。そして、進む。
お伝えしたいのは、この動作だけです。
吐く息は、誰もが持っているものです。
この道具は、何かを足すのではなく、すでにある動作に、少しだけ「間」をつくります。
その間に、自分に戻る。
そして、次の一歩を、自分で選ぶ。
ここまで、五つの話を読んでくださって、ありがとうございました。
二度、仕事を手放したこと。
善光寺へ行き、一通のメールを送ったこと。
体育館で、戻ることを教わったこと。
ロンドンで、コーラ一本に出会ったこと。
その先に、この小さな筒がありました。
